働き方改革の浸透や人材確保の観点から、本格的な従業員満足度の向上に取り組もうとする企業が増えてきています。
しかし、従業員の士気が上がる福利厚生制度作りには前向きなものの、成果につながらないことやコスパが悪いことはできるだけ避けたい――というのが、おそらく経営者や人事担当者方の本音でしょう。
今回取材させていただいたのは、独自の支援制度を設けてスタッフと向き合っているマーケティング支援会社のトライバルメディアハウス様。
実際にどんな制度があるのか、どういったプロセスで誕生したのか、それらが会社のメリットにどう貢献しているのかといった点について、人事と広報を束ねるコーポレートデザイン部のトップ、前川さんにお話をうかがいました。
高杉:
前川さん、どうぞよろしくお願いします。
前川さん:
本日はお越しいただきありがとうございます。よろしくお願いします。
高杉:
トライバルメディアハウスにはユニークな社内制度・福利厚生制度がいくつもありますよね。実際にどんな制度があるのか、いくつか教えていただけますか?
前川さん:
そうですね。よく話題にしていただくのは、「バンジージャンプ支援制度」や「パラグライダー支援制度」でしょうか。
これは、バンジージャンプやパラグライダーの参加にかかる費用を、年に1回会社が負担するというものです。初めて弊社のことを知った方には、「その制度はなんだ?」と思われるかもしれませんね(笑)。
他には、勤続満5年を迎えたスタッフに1か月の連続有給休暇を付与する「浮世離れ休暇制度」や、スタッフ同士の“サシのみ”費用を会社が負担する「サシのみ制度」、さまざまな部活動での部費を支援する「部活動支援制度」などがあります。
ちょっと真面目なところだと、業務に関連する領域で自己啓発支援金を支給する「バージョンアップ支援金制度」や、英語力向上のための費用を支給する「バイリンガル支援制度」などもありますね。
高杉:
バンジージャンプやパラグライダーとはまた、相当ユニークですね。実際に利用している方はいるのですか?
前川さん:
新卒などの同期で集まって行ったりとか、歓迎会の意味合いで使ったりとかで、年に1~2回はグループで申請がありますね。
高杉:
会社としては、こうした制度を使ってもらうことでどのような「結果」を期待しているのでしょうか?
前川さん:
バンジージャンプやパラグライダーの支援制度は、「人生観が変わるほどの非日常体験を通して新たな発想や革新的なアイデアを生み出してほしい」という考えから作ったものです。
もともとは、弊社代表の池田が「体験ギフト」でパラグライダーを初体験した際に大きな衝撃を受けたのがきっかけでした。
私たちは「誰かの心を動かす仕事」をしているので、自らがこうした刺激的な体験をし、それを発想に活かすことはとても大事だと考えています。
それと、バンジージャンプやパラグライダーを楽しめる場所は一般的に都心ではなく遠方にありますよね?しかも、こういったイベントにはだいたいグループで参加することが多いと思います。
つまり、グループで参加する場合には「誰かが誰かを誘う」「参加者全員で計画を立てる」「行き帰りの道中でさまざまな話をする」といったコミュニケーションが必然的に発生するわけです。
この「スタッフ間でのコミュニケーションが増える」というのが、制度がもたらす大きなメリットだと感じています。
高杉:
確かに、一緒にバンジージャンプやパラグライダーをやったスタッフ同士の絆は強まりそうですね。
前川さん:
そうですね。新しいメンバーの場合は、会社になじむきっかけにもなっているようです。
弊社にはいくつかある社訓の中に「人の二倍働き、人の二倍遊ぶ」という言葉があり、仕事以外も全力で……という風土があるのですが、バンジージャンプやパラグライダーは「全力で遊んでいる」という実感を得やすいのがいいのかもしれませんね。
社内制度・福利厚生制度を考える際には、「利用者の実感値」を一つの検討材料にしてもいいのかなと思います。
高杉:
「サシのみ制度」もスタッフ間のコミュニケーションの向上を目的とした制度ですか?
前川さん:
はい。私たちの仕事は複数のメンバーでプロジェクトに取り組むケースが多く、チームワークにおいては何よりもコミュニケーションが大事です。
その意味で、コミュニケーション活性化への投資を惜しんではいけないと考えています。
この制度の特徴は、グループではなく1対1の「サシのみ」であるという点です。
数人で居酒屋などに行くと世間話や仕事に関係ない話に終始してしまうこともよくありますが、2人だけだと話が深くなる傾向にあります。
互いをあらためて理解するきっかけになりますし、「今度一緒にこういう仕事をしよう」といった話も出やすいですね。
「何度かプロジェクトで一緒になった程度」の他部署のスタッフと飲みに行くようなケースもあれば、上司と部下が月次の1on1(面談)とは別にこの制度を使って飲みに行くというケースもあります。
高杉:
「サシのみ制度」はマネジメントツールにもなるんですね。
前川さん:
最近ではスタッフの「エンゲージメント(企業と社員の結び付き・社員の企業に対する愛着)」を気にする経営者も増えてきましたが、エンゲージメントを左右する大きなポイントはやはりコミュニケーションだと思っています。
不満やストレスを溜めているスタッフに対して上司はさまざまな手を打てるので、こういったサシのみ制度のようなオプションが多いことは、マネジメントの助けにもなるはずです。
高杉:
部活動についても教えてください。
前川さん:
弊社にはフットサル部、登山部、ボドゲ部、麻雀部など10以上の部活動があります。3か月に1回以上活動しないと「廃部」になってしまうという厳しいルールもあってか、部活動は盛んですね(笑)。
職種や部署などに関係なく趣味を共有するスタッフが集まっているので連帯感が生まれやすく、いざというときに相談しやすかったり、協力してもらいやすかったりするのがメリットです。私もゴルフ部と麻雀部に入っていますが、部活動では上司も部下も新卒も関係なく楽しんでいます。
高杉:
1か月の連続有給休暇を付与する「浮世離れ休暇制度」は、実際に利用されているのでしょうか? 「休むのが難しい」という方も多そうな気がしますが……。
前川さん:
この制度は、実際に代表の池田も使っています。しかし、勤続満5年を迎えていても制度を利用できていないスタッフは実際にいますし、そこは私たち運用側の課題ですね。
ただ、管理職を含め条件を満たしたスタッフにはできるだけ利用してもらいたいので、今は制度の改善を準備しているところです。
ちなみに、高杉さんは「ワーケーション」という言葉をご存知ですか?
高杉:
聞いたことあるような気がしないでもないですが……。
前川さん:
ワーケーションは「仕事(work)」と「休暇(vacation)」を組み合わせた造語で、休暇中に行った業務(テレワーク)が仕事として認められる制度や考え方のことです。
日本航空さんが2017年に導入したことで話題になりましたよね。このような考え方を、今後弊社の浮世離れ休暇制度にも取り入れようと考えています。
普通に考えて、1か月休むのは相当大変なことです。ですが、1か月続けて有給休暇を取る中で「1週間だけ働く」「水曜だけ働く」「重要な会議だけは参加する」といったやり方が認められれば、一気に「1か月休むことに対するハードル」が低くなったように感じませんか?
スケジュール調整も格段に楽になりますし、休暇後もスムーズに本格復帰できるでしょう。
どこにいても仕事に取り組める環境や作業を勤務として認めてあげるような仕組みが提供できれば、スタッフは気楽に、そして簡単に浮世離れ休暇を取れるようになるでしょう。
まずは今夏、私自身が試験的にワーケーションを取り入れた浮世離れ休暇を取得してみるつもりです。
高杉:
福利厚生制度を充実させるには、それなりのコストがかかります。それでも福利厚生を充実させることには、どんな価値があるとお考えですか?
前川さん:
企業が果たすべき役割のひとつに、「スタッフにとって働きやすい環境を整えること」があります。
スタッフに生き生きと仕事をしてもらい、会社のために長く活躍してもらうことは、人事の最優先課題でもありますね。その意味で、必要な制度をきちんと整えることは重要です。
「仕事とプライベートは切り分けたい」と考える方も、もちろんいるでしょう。
ですが、弊社では「働く」「遊ぶ」のバランスを取るのではなく、どっちも一生懸命やる、どっちもみんなで楽しむという状態(ワークライフミックス)を理想としています。
こうした企業文化を醸成するために、社内制度を整備・活用しているという側面もあります。
採用において最も不幸な「ミスマッチ」を少なく抑えられているのは、企業文化の浸透による貢献が大きいですね。
弊社でそういう働き方をしたい方ならウェルカムですし、そうでないならおそらく合わないでしょう。面接などでは、その点に関して理解・共感してもらえるかどうかも確認しています。
高杉:
ユニークな制度には、ミスマッチを減らす効果もあるんですね。
前川さん:
制度の打ち出し方自体は個性的かもしれませんが、「ユニークな制度を作ろう」というところからスタートしているわけではありません。
制度を作る背景には明確な課題感があり、それを改善するための施策として形にしています。そこがずれると、いくらユニークでも意味のないものになってしまいますからね。
スタッフが楽しみながら使える制度であること、そこを大事にしながら、ユニークな制度作りはこれからもやっていきたいと思っています。
高杉:
トライバルメディアハウス様は、業界の中で比較的離職率が低いとうかがいました。制度作りの他には、どんなことをされているのでしょうか?
前川さん:
基本、スタッフにはなるべくオープンに話すようにしています。プロセスも含め、できるだけ「ブラックボックス化しない」ということです。
たとえば、会社の重要事項を決定する経営会議には、23人のリーダー候補にも参加してもらっています。
それ以外のスタッフにも会議のアジェンダを共有し、気になった点があれば説明する、ということをやっています。
高杉:
23人も……ですか?
前川さん:
そうです(笑)。私たちの会社はスタッフ全員で100人超という規模なので、経営会議の参加人数についてはちょっと驚かれるかもしれません。
それだけ多くのスタッフの時間を使っていることはもちろんわかっていますが、次世代のリーダー候補を経営会議に招集しているのは将来に対する投資の一環です。
今はベンチャー企業としてスタッフが同じ温度感を持てています。しかし、これからさらに人数が多くなれば社風や文化を維持するのが難しくなってくるかもしれません。
そういった状況では、会社全体のことをよく理解して正しい方向へ導いてくれる、彼らのリーダーシップが非常に重要になると考えています。
高杉:
ありがとうございました。
今回はトライバルメディアハウスでCHROを務める前川さんに、ユニークな支援制度の活用法や制度作りの狙いについてうかがいました。
「社内制度・福利厚生制度が管理者のマネジメントや採用のミスマッチ回避にも貢献してくれる」という点については、意外だった方もいるでしょう。
スタッフのエンゲージメントを高めたい経営者・人事担当者の方は、トライバルメディアハウス様の事例を参考に、無理なく利用できる制度や取り組みを考えてみてはいかがでしょうか?